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謎の秦氏 宇佐八幡 美作中山太神宮 応神天皇 神功皇后 和気清麻呂 美作の秦氏 太秦の秦氏 備前赤穂周辺にも秦氏

投稿日時:2019/08/18(日) 19:01

和気清麻呂公が 宇佐神宮にいきました その時に猪の軍団が護衛しましたね

天皇制度が 壊れる事は 吉備の 神社の者は許さなかった(道鏡事件)

この写真の石碑は 

蘇我氏が美作に進駐して直轄領にしたときに書かれたと思います(白い猪の屯倉) 

この蘇我氏の時代でも 美作は猪ですね 

和気清麻呂の活躍は この数百年後です

和気清麻呂の 始祖は 

おそらくシルクロードを着た 日の出る国にきました

弓月の国からきた秦氏の一派だろうと思います

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大分県の宇佐神宮は おそらく 秦氏 総本山の神社です

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裏家紋は 鷹の羽違いでしょうね(西郷隆盛の一族もそれです)

ワシの守っている 

中山太神宮も 宇佐神宮に劣らないような権力がありましたが 

いまは それは、なくなりましたね

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美作にユダヤ人が入植した 

この噂は まことしやかにネットで流しています

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美作で 全国出土の8割が発掘されます 陶棺

美作の神宿 横の 平福で発掘された陶棺には 

尻緒の太い ユダヤの羊が美しく描かれていました

これは東京の国立博物館に収容されましたが 

5世紀かな6世紀ごろのものです

昔の鳥居のようなものも描かれていて 

女性が平和そうに 

美作市 楢原で羊と暮らしています風景画です

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この陶棺が見つかった場所は 

安東家 系統の古い墓地のところですね

丘の上で 下には吉井川が流れます

神の宿の トーナイのワシの実家から南へ川のところへいったところです

ワシの祠は この平福の上空を越えて まっしぐらに 滝宮に向かいまして

その先は 和気町 備前市から 岬のほうに方向しています

この辺りも 神宮皇后 オウジン天皇を感じます

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尻緒の異常に太い羊は ユダヤの羊です 脂肪が尻緒に集った独特の羊

ユダヤ人は この島国に入植して 平和な国を目指しました

宗教の争いも好まない 

神仏をうまく融合させましたね

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そして天皇制度の維持が良いと考えましたし 

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天皇が大好きだったと思います

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そして 和気清麻呂の時代には 清麻呂を国土交通大臣に抜擢して

京都 平安京に落ち着きました

もともと 

太秦映画村周辺は 秦氏が開墾した土地 だろうと思います

ワシの仏教での 総本山 

世界遺産 

仁和寺 も その近くです

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秦氏の拠点は 宇佐神宮周辺の九州から 瀬戸内の岡山県 北部の美作

ワケ清麻呂の和気や 備前市 赤穂 兵庫県船越の周辺 


淀川の周辺から 京都の太秦周辺などです

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神社ネットワークの殆どは 秦氏が作りましたね

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応神天皇のときに 新羅に滞留していた秦氏が一気に日本へやって来た

日本の天皇もそれを許可なされた と思います

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ちなみに蘇我氏の始祖は 

おそらく 

新羅とも ご縁が深いように感じます

そして なんでかしら 

岡山県と兵庫県の県境付近には オウジン天皇が過ごされた気配を感じます

ワシは ついつい 

その山の周辺に 

なんでかしら気がつけば いってしまう・・・

滝宮 美作の三の宮の東の方向の山の中です

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牛窓港 あたりから 備前 美作の山中です

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どうも ワシも 昔から 

古代より 祭祀にも関わりがあり

おそらく シルクロードをきた 一派の祈り系だと思いますね

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和気清麻呂は間違いなく 先祖が謎の渡来人 秦氏です

謎の渡来人 秦氏は不思議です 実に謎に包まれています

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なんで トランプ大統領と 安倍総理=神道が 仲がよいのか

古代に繋がっているように思いますね

キリスト教の キリストはユダヤ人ですからね そもそも・・

エルサレムにも 菊のご紋がありますしね

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