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東内社長BLOG

東 内誠の 母方の爺さんは歌舞伎を演じた 日の神の 後醍醐天皇の場所でも歌舞伎ものをやったキビ 美作 超古代史瞑想 金属を追いかけるトーナイの血

投稿日時:2017/02/28(火) 06:54

西暦532年 今から1500年ほども前の時代、この頃は 瀬戸内のモノも船を巧みに操り

朝鮮半島に進出していたことは間違いない 戦闘行為もやっているだろうし、鉄製の武器を持ち

軍隊を瀬戸内から関門海峡を抜けて半島までも移動をした

おそらく朝鮮半島南部は 鉄鉱石が豊富だったので大陸・半島での領地は維持する必要性があった

日本の鉄鉱石からの武器の製造拠点は 

岡山県 備前から美作市の吉井川付近だったのだ

西暦532年というたら 三島(大阪高槻市)の大王 第26代継体天皇が亡くなった その後の時代になる

ヤマト朝廷は 吉備の国に 蘇我氏のボスが進出し直轄領の 屯倉を555年には設置し始めている

これは 石にも その場所が残されているので間違いない(白猪屯倉の吉備の国/美作への設置)

蘇我氏は ヤマト朝廷に娘を次々に嫁にいれて権力を拡大していった

(この手法は その後の時代で藤原氏が それを真似ている)(今の天皇家には蘇我氏・藤原氏の血が多く入る)

(勿論、吉備の血が 元祖中の元祖のところで多いのですがね)

まあ、とにかく西暦400年代から500年代に 吉備のモノや 河内のものらが朝鮮半島に派遣されていたことを覚えましょう



継体のあとすぐの時代には もう海軍力がけっこうあったのではなかろうか



継体は 淀川が活動拠点ですが、琵琶湖あたりから 

瀬戸内を船でけっこう移動し 機動力もあった

継体の残したモノは 大阪府高槻市に現在も展示してあり けっこうな刀剣も持っていたし 馬具も鎧も出土している

中山神社の 古代の物語に ワシの家に 神が示現した場面では、白い馬に乗って神が示現した とあるのは

蘇我氏が 初めて みまさか の東部のワシの里に出現したことを言う 可能性も否定できない

一応 大吉備津日子命 (西暦200年頃)と なっては いるが その時代で 果たして馬(午)が 日本に居た とは証明できない

馬を乗りこなすには はやり馬具がなければ 乗れない のでは なかろうか?

研究者の中には 400年よりも 前の時代より もっと前の時代から 馬が日本に居た という人のお話しも聞いたことはある

魏志倭人伝には 馬は その時代 居なかったという事になっているか・・・ そやな

確実なのは500年代に 蘇我氏が馬(午)に 乗って 

美しい馬 市 



 美作でしか全国で出土しない 陶棺 ↑ 写真は国立博物館に持っていかれた

多分 西暦で400-500年

みまさか市の 楢原神宿  東内 の村に示現したことは確定



その示現した 季節も時刻までが 口伝で 残されていまして 五月の 午の刻、 馬に乗って示現したと ゴの ぞろ目である

その場所は 鉄鉱石も豊富な 楢原神宿 平福 江見 辺り この場所で  東内 の 先祖は 

おそらくは金属の精錬か 鍛冶をして武器を調えた のでは なかろうか

それくらいの奉仕をせんと 中山神社より 東一帯の 神事を司るような 褒美は 貰えない と思う

中山の神様が 美作 楢原のワシの家に示現してから 半年もの時をかけて 吉井川を たった直線では25kmほどを

半年もの 時をかけて 移動して 最終的な落ち着き場所の 現在の みまさか 一宮 中山神社に落ち着かれた

この半年の間に 鉄製の武器を調えて 南へ そして 津山市方面へ 攻め込んだ のだろう

神様とは いうけれど それは 元々 人間やからね

その時代より 明治初期まで ワシの先祖は 利権を 持っていたようには 薄々 そないに思う

そやから 岡山県の神社で けっこうに トーナイ が出てくるのかな?

そやねん 現在でも ワシの血は 日々 金属を追いかけまくっておりまして・・・

とにかく ワシの村の周辺 40km半径ほどは 古い 坑道跡が まあ無数にある

吉井川の出口の周辺にも 今でも 世界的にも有名な 銅関係があるやろ

鉄と銅

そして美作市は 多分 金も 若干 産出したのでは なかろうか

その昔 トーナイは化外から 着た と ある

渡来人じゃ



渡来人 アンタの先祖も 多分 渡来してきとるヨ

ワシの渡来人というのは 60数年前に 流れ着いたような 短い履歴ではないけれど

昔 むかしに 渡来してきたことには 間違いないんだよ

ワシの先祖は 縄文の血が濃い って あほか

縄文の男性は そりゃあ 奴隷にされたか 子どもを作れる立場には 無理かも 知れん

女性は 生残るとは思うけど

そんでも 日本人の体内には縄文の血も流れているので そやな~ 解らんな



アメリカの先住民の インデアンは 白人に 皆殺しにあっておりますんじゃ

根絶やしにしたんじゃな 白人が入植してから・・・



そやからな 昔の時代でも 現在でも そうやで 武器は常に保持しとかないと 根絶やしにされる

そやからな 平和を維持する為に 平和憲法を大切にしなければ ならない という様な思想は 滅ぼされる

そういう風になる可能性が99%高い



明日香村の 蘇我氏の邸宅の周辺にも 小さな武器庫が 数箇所あった それは 跡が出てきてる

そう考えると ワシの先祖は蘇我氏を守る 武力と金属の 関係かも 知れん

五矛を立てる

どう考えても 戦う系や

金属を熱して 武器を造り 蘇我の大王を守る役かな~

うちの家を 川のほうへ 行った場所が 後醍醐天皇が島流しの 道中で川を渡るに 数日 そこで待機をなされた場所があり

その土地の 地名は 火の神 なのじゃ

美作市の指定も受けた場所やけれどね

後醍醐天皇は 新しい時代の人ですよ もちろん 日本の南北朝時代の 南朝の天皇や

美作市の 市民の人も 知らない人が多いと 思うので 此処に書いて残しておくが

旧 作東町 江見の 所から 国道179 だったかな その吉井川の 道は その当時は道が危険でな

江見から 南海 という 高地性集落を通って 700年ほども前の時代では そんで

後醍醐天皇は ワシの里の 神宿の山の上のほうの道から 南海から 下りてこられるルートで

今の 石碑のある 火の神のところに 一行は歩かれた

それは 間違いない そんでな その 古道は 鉄鉱石の 道なのじゃ



そんで 南朝のゴダイゴさんが 数日 逗留されたのでな 女の手配もして

そんなん で 隠し子も できたのでは なかろうか?

その後の事を書けば もの凄く長くなるので ゴダイゴ天皇の話はやめとこう



そんでも 火の神 という 地名は 鍛冶の イメージがする

火の神は ワシの神宿から 川にいった所の 場所や

多分 熱処理をした と思う

50年ほども 前までは ワシの母方の爺ちゃんが この村の火の神にも 舞台を造って

田舎の歌舞伎みたいな事をして 演じていたことは 90歳前後の人は ごそんじでした

この前 取材していたら 前川の 孫か お前 とか あそこの婆さんがいってビックリしてた

そやねん ワシの死んだ 母方のお爺さんは歌舞伎を やってたなあ 本格的な 姿して 化粧して 凄かった

各村の 祭りには 爺ちゃんが歌舞いて 踊りまくっていたんじゃ



東儀 という 家も 歌舞伎だったかな? で 位置には わし等下々とは 大きな差はあるが 東 残っているで

東儀家 も 自分とこは 渡来系じゃ と 堂々と言っておられる

バタ屋トーナイ 東 内 誠 今日も 金属屑 集めまくる



2/28 4:30

http://tohnai.com/top_main.html ?トーナイ




112.83




5,937.75




2,255.50


アルミ

1,900.25


ニッケル

11,037.50


鉄鉱石62%

87.57


仮定銅

713


上海銅先

48100


人民元/円

16.44


トーナイ VA電線

(以下4?車以上単位持込)

230


トーナイ 雑線43%

210


トーナイ 家電線ヘタ付

150から検収


トーナイ 自動車ハーネス

241


トーナイ 空調配管

300


トーナイ 通信線

50-230


トーナイ fe吊り銅線

35-50


ガスメーター

75


電気メーター

75


アルミ缶プレス

131


アルミビス付プレス

131


普通雑品

産廃工場などからの事業系廃棄物から出た再生資源

12-30
上-上上雑品 31-55
鉄 ギロB以下 15
鉄 ガス材(重量物可) 10-12
鉄 炉前H3平均 22
304ステン 炉前材 131
鉛管 185
ハードデスク 155
込銅 銅率98%UP
ピカ銅
込真鍮(580×.65
=ダスト3%) 550
580
380
各モーター 各種雑品屑 など 
その他品目は072-678-1112東内へ
http://tohnai.com/top_main.html ?トーナイ

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